口コミしてくれるお客様に感謝しかない

お仕事をいただくきっかけとしてはいろいろあるかと思います。

・ホームページからのお問合せ

・ネットでの広告

・チラシ

・ご紹介

・継続のお客様・・・等々

一昔前からSEO対策をしなければ!やネット広告を!という方が多くなりましたが、
私は良い仕事をしていれば新しいお客様は既存のお客様が連れてきてくださるように思います。

今日もお電話で「新しく知り合った人が外国人社員の雇用で困ってたから松村さんを紹介したんだけど、既に頼んでる人がいるってさ!じゃあそっちに頼めばいいじゃん!」と・・・笑

私の代わりに営業してくれて、そして怒っている笑

すごくありがたいです。

私の仕事が間違ってなかったんだと思えます。

皆さまいつもありがとうございます!


その道のプロになるには何時間必要か?

「藤原和博の必ず食える1%の人になる方法」という本を読みました。

一番心に残ったのが「一万時間投下すれば100人に1人の存在になれる」という言葉。

私はビザの事に関してもう6万時間くらい投下してるので100人に1人の存在ではありそうです。


ビザ申請の専門家になったきっかけ2

六本木にはたくさんのアフリカ系外国人の方がいらっしゃいます。

セネガルの方から厚い信頼を得た私の情報はとうとう六本木で働く方へも伝わったようで・・・。

なぜ「とうとう」といっているかといいますと、当時の私の六本木のイメージは「ザ・怖い街」というイメージで、薬のイメージや危険なことばかりある街だと思っていました。(今もあまり変わりませんが・・・)

ですが、お話しをいただくので、お酒も飲めないのに一人ふらふらと夜の六本木を歩き回ることになるのです。

そして、これも忘れられないある年の6月、「ブラジル人の彼氏が捕まったので何とかしてほしい」と電話がありました。しかも夜10時ごろ・・・。

その方は不法滞在、いわゆるオーバーステイ状態だったとき、職務質問で挙動不審だったことから質問攻めにされ、不法滞在が発覚、警察へ連行されたといういきさつです。

警察から当時交際していた女性へ連絡があり、本人のパスポートを持ってきてほしいとのことでした。

泣きじゃくる彼女が放っておけず、夜中12時近くに六本木にある麻布警察署に一緒にいき、警察の方からも話を聞きました。

取り調べの結果、不法滞在以外の犯罪はないとのことで、翌日には入国管理局へ移送されました。そこから毎日のように彼女は彼に会いに面会にいっていました。

不法滞在の方は基本、そのまま強制退去、自分の国へ帰りなさいという結果となるのですが、ある一定の場合、「在留特別許可」という特別なビザをもらえる場合があります。

しかし、その条件は明確になっておらず、簡単なものではありません。

とはいっても彼女としては諦められません。

私は彼女から「在留特別許可を取ってください」という依頼を受けることになりました。

・・・蓋を開けてみればここには書ききれないほどの問題がありました。

大きな問題としては依頼人の彼女と彼は結婚したのですが、重婚となっていることが判明したのです。

外国人同士であるが故に役所へ届け出るときに重婚は確認できません。

在留特別許可の最も大きな要素といえる結婚が成立していない・・・。

原因を調査した結果、前妻との裁判離婚は成立しているものの、その届を役所へ出していないことが判明しました。

やるべきことはひとつ、裁判離婚の証明書類を役所へ提出すること。

しかし、当事者である本人は入管に収容されている。

ならば前妻となんとか連絡を取り、協力してもらうしかない・・・

・・・なんとか前妻と連絡が取れたものの、居住地は愛知県豊田市!・・・などとためらっている時間もなく、私は新幹線で愛知県まで行きました。可能性のあることはすべてやりたかったのです。

その後も何とか協力を得られ、無事に離婚も成立し、その後も様々な壁を乗り越え、彼は「在留特別許可(定住者)」をもらうことができました。

在留特別許可が出た場合、本人から突然連絡があります。

「今、入管から出た」と。

彼女からその報告を聞いた私は本当に飛び上がって喜んだなぁ・・・。

彼が解放された日は真夏の金曜日でした。

彼女に迎えに来てもらった後は友人みんなでお祝いパーティー。

私も一言おめでとうと言いたくて夜の六本木へ行きました。

上半身裸で酔っ払った彼は「マリさん本当にありがとう!でも私は心配してなかったよ!あなた頑張ってたからね!」と言ってもらい、涙目になりました。

ちなみに、東京入管に収容されると6人くらいの相部屋で生活することになり、石鹸やシャンプーなどは自分で購入しなければなりません。

彼は、自分がビザをもらって解放されると知った後、自分の使っていた石鹸などをルームメイトにあげたかったようなのですが、当然警備の方に断られたようで・・・

「ダメだっていわれたよ!彼らはアイスの心だね!」

と謎の迷言を残して酔いつぶれました。

誰もが「あいつはビザをもらえるはずがない」と諦めていたところに奇跡のようなことが起きたわけで、この一件以来、六本木では「マリさんならビザが取れる!あいつがビザもらったんだから!俺らの為に愛知までいっちゃうんだよ!」ということになってしまいました。

生き証人の彼は今も私のお客様で、よき友人でもあります。

これ以来、私は毎日ビザの事だけを考え、日本にいながらまともに日本人と話すことなく、事務所の椅子で気絶するように寝て朝方着替えにだけ自宅へ戻るという生活を数年間続けることになります。

こうして振り返ると、ビザの専門になったのはこの2件がとても大きかったですね。

こうして私はビザの専門家と名乗れるくらいこの仕事に没頭しました。

専門分野というのは自ら「これだ!」と看板を掲げていくこともあるかと思いますが、仕事をしているうちにお客様から指示されてその分野が専門になっていくのではないかとも思います。

最初のきっかけである「母のような・・・」というのは直面した問題が相続だっただけで、掘り下げてみれば、困った時に支えになれることがしたかったということ。

当初の思いは達成されているようです。

今では外国人の方だけでなく、企業の管理部の方からもご依頼がいただけるようになり、振り返るといろいろありましたが、求められて今があるという大変感謝しかない状況です。ありがたいです。

この仕事をとても大切に思っておりますし、だからこそ、「紙をそろえて出すだけ」というイメージを払拭したいとも思います。そうやって人の人生をダメにしてきた人たちの事も知ってしまいましたので。

一人の人生を左右する大切な手続きであり、私ができることでその人の夢が叶ったり、喜んでいただける。

少しでも私の力が役に立つならば、それが私のお役目なのかなと思っています。

(Websiteに掲載しているお客様のケースはすべて許可を得ております)


ビザ申請の専門家になったきっかけ1

そうして行政書士となった私は、たくさんの同業者の方とお会いすることになります。

そして、絶対に聞かれることが「何を専門になさっているんですか?」という質問です。

そのころの私は、初めの志のとおり「相続などで困っているかたの力になりたい」といっていました。

それからは品川区から委託を受けて品川区役所の中の相談員として区民の方の相談を受けるお仕事をしたり、先輩方のお仕事のお手伝いをしたりする日々でした。

そんな時、一人のセネガル国籍の男性からお電話がありました。

その方と面識はなかったのですが、友達から電話番号を聞いたと。

よくよく聞いていくと、その数日前に私が先輩から頂いたビザ申請のお仕事で入国管理局へいった際、帰り道で「あなたは先生ですか?」と声をかけられた方の友達だとのことです。

忘れなもしない、私個人として初めてのお客様になる方でした。

その方のケースはとても複雑で、私たちが「離婚定住」と呼んでいる

”日本人と結婚をしていたんだけれども、離婚した。しかし、まだ日本に残りたい”

というケースでした。

いろいろな先生に相談をして回っていたものの、全て断られており、それを心配した友達が一緒になって誰か助けてくれる人はいないのか・・・と探してくれていたようです。

私も、初めに話を聞いた際には、無理なのではないかな・・・と思いました。

別居期間もありますし、そのほかにも問題だらけです。

しかし、できる限りのことをやってみよう!ということで私も一生懸命道を探りました。

片道1時間以上かけて別れた奥様に話を聞きに行ったり。

ですが、最初の申請では入管側から「本人の滞在状況に疑義がある」ということを言われ、悔しくて泣いてしまい「当事者から直接話を聞いているのにそれはあんまりだ!」と言ってしまったり・・・。当時の審査官様、とりみだしてすみません。許してください・・・。

しかし、必死だったんですね。当時の私は。一度受けた仕事をやり遂げたくて。

そして、約一年くらいかけてその方は無事「定住者」のビザをもらうことができ、お仕事を完了させることができました。

本人もお友達も半分諦めていたようでしたので、とても喜んでいただけました。

そこから、「マリさんに頼むと一生懸命やってくれる」と噂になり、アフリカのお客様から連絡が来るようになりました。

私のYouTube動画のセネガル国籍のお客様もそのつながりで出会った方です。

ご縁ですね。

そして、その流れは今も続く六本木へと続きます。


行政書士になったきっかけ2

そうしてこの世界に入り、偶然、そこの事務所の専門分野が外国人のビザ申請を専門にしている事務所だったのです。

しかし、そのころの私は、英語もしゃべれませんし、外国人のお客さんとろくにコミュニケーションも取れなかったので、ビザの専門家になろう!とは少しも思っていませんでした。というよりも、できないな・・・と感じていました。

そういえば、いろいろなカルチャーショックも体験しました。

初めて本当の一夫多妻制を目の当たりにし、「本当に複数奥さんがいるなんて・・・」と一人でショックを受けてみたり。

男が女を守るというか、女性は働かないのが当たり前という価値観の国の方もいました。

宗教の問題も目の当たりにしました。

日本は本当に平和というか、知らないからというか、イスラム教のお客さまに会いに行く際にメリークリスマス!と大きく書いてある紙袋を持って行く同僚を心配したり・・・

大切にしている方たちがいるのに何も知らない私が気軽にクロスのネックレスを選ぶのはやめようと思ったり。

在日韓国人の方たちと日本人との関係性を考えさせられたり。

自分自身を考え、日本人というアイデンティティを考え、育ってきた国や環境や価値観の違う方たちとのかかわり方を学びました。

その後、2008年度の行政書士試験に合格し、2009年に行政書士登録をしました。

つづく

 


行政書士になったきっかけ1

この仕事に携わるようになって10年ほど経ちます。

行政書士というお仕事を志したきっかけは、親族の相続です。

 

以前の私は、アパレル関係のベンチャー企業で働き、毎日代官山や渋谷をぐるぐる回

る毎日を送っていました。華やかな世界も好きでしたし、楽しくお仕事をしていたのですが、あるとき、母親からひいおじいちゃんの相続の相談を受けました。

 

ひいおじいちゃんはとても長生きだったのですが、おじいちゃんは母親が子供のころに亡くなっています。

いわゆる代襲相続というもので、本来相続するおじいちゃんがもう亡くなっていた為、母を含めた兄弟が伯母さん伯父さんと話しをしなければならなかったのです。

 

親族の話なのであまり詳しくは書けませんが、そんなに財産があるわけではなかったにしても私は「法律で決まっているものがあるのに声の大きいひとが自分の思い通りにするなんておかしい!」とすごく理不尽さを感じ、調べれば調べるほどその思いは大きくなりました。

 

しかし、同時に、「法律は守ってくれるものだと思っていたけれど、知らない私たちも悪かった。法律はそれを使って自分を守るためのものなんだ!」とも思ったのです。

 

そこから、法律への興味が生まれた私は、世の中にいろいろな法律職があるということを知りました。

そして、自分でも勉強をしてみようと行政書士の勉強を始めることになります。

その後、勤めていた会社を辞めて都内の法務事務所にアシスタントとして勤務し始めました。

初めの志としては「母のような人の力になれるかもしれない」という思いからでした。

 

つづく

 


アニメ分野に高度な専門性を持つ外国人とは???


政府は来日外国人に対応するため、特区を活用し、ホテルや飲食店、ファッションやアニメ分野で高度な専門性を持つ外国人のビザ要件を緩和する制度を設けることを了承したようです。

現場の立場からすると?だらけの決定です。

まずホテルについては今までも例がありますし納得できますが、
「飲食店」についてはどんな職務内容を予定しているのでしょう。
基本、単純労働を認めない日本の就労ビザにおいて、特区といえどホール係などは考えにくいですし、
飲食に「高度な専門性」を持つ人はウエイトレスはやらないでしょう。調理師ということなのでしょうか。高度な。
もし、ホール係に就労ビザを許可するのであれば、ネパール・スリランカ・ベトナム等アジア系留学生が殺到してパニックになりますね。
現在のまま、28時間のアルバイトだけ認める方向で十分だと思います。

さらにアニメ分野に高度な専門性を持つとはどんな人なんでしょう???????
アニメに詳しいことを立証するのでしょうか?その場合の立証資料はなんだろう?
イラストレーター等ならいいのでしょうか。しかし「高度な」とは・・・どうやって立証・審査するのでしょうか。

・・・

こういったニュースになるとまた噂に尾ひれがついて迷惑なのですが、
2年前も「会社登記しなくても4月の経営管理ビザが取れるようになる」「規制緩和して外国人経営者を呼びやすくなる!!!」と大々的に発表していましたが、
今どうでしょう?

今、経営管理ビザの要件は以前に比べて非常に厳しいものとなりましたし、4月の経営管理ビザのシステムはあってないようなものとなりました。
どこかが緩むと違う場所が締め付けられる。
入管の審査とはそういうものです。

介護やメイドのビザについても期待していたようなものにはなっていないと思います。
とにかく今後単純労働者受け入れとしての技能実習生が増えることは確かですが。

このニュースを見て入管の審査官の皆様もまたストレスが強くなったのではなかとお察しします。


難民申請者1万人突破。


法務省によると、昨年難民申請をした者は1万901人だったとのこと。

おととしと比べて3315人、率にして44%増えていて、6年連続で過去最多を更新しているそうです。

東京入国管理局では建物の3階が難民申請のフロアになっており、受付カウンターには長蛇の列ができています。
床に座り込んで順番を待つ人々、書類の書き方を指南する同国人。
「ここは日本じゃない・・・」といつも感じます。

法務省も入管もみんなわかっていることですが、ほとんどの申請者が「時間稼ぎと就労の為の申請」であり、
正規のビザが取れない人や観光ビザで来たけれども帰国したくない人、そもそも偽装難民申請をしに日本に来た人…。
そして「やっぱり難民申請はインタビューがいやだからほかのビザにしたい」「結婚相手を見つけたがビザは取れますか?」と相談してきます。

偽装難民のお話をするとお怒りになる方がいらっしゃいますが、本当の難民と偽装難民を一緒にしてはいけないです。

私の友人には本当の難民で実際に人道的な配慮により在留を認められた人達がいます。
そういった本当に難民制度が必要な人たちがきちんとした審査を受けられない現状に納得がいかないです。
しかも日本の難民審査は厳しくなかなか認められないのに・・・。

難民申請者を国籍別に見ると、インドネシアが1829人、ネパールが1451人、フィリピンが1412人。

インドネシアが査証免除国になったとたんトップに浮上しました。

今日はインドネシアの方が父、母、子供数人、赤ちゃんの家族みんなで難民申請をしているところを見かけました。複数の家族同士が談笑しながら。

最近は過去に親の都合で日本に来た方のご相談もよく受けますが、現在難民申請をしている家族の子供たちが大きくなった時、彼らは何を思うのでしょう


結論:富裕層は永住権で大損する。


永住権といえば、日本に住んでいる外国籍の方であれば誰しもほしいものだと思います。
しかし、平成27年から始まった出国税制度により、富裕層の方は永住権を取ることによって多額の税金を支払う可能性が出てきました。

出国税の課税の対象者:
*所有している有価証券等の合計額が1億円以上
*国外転出までの過去10年以内に5年超の日本居住

これに該当する方は国外へ転居される際に出国税を支払う必要があります。
しかし、在留資格「経営・管理」や「技術・人文知識・国際業務」等の在留資格で滞在している方であれば上記の期間に含めない=出国税がかからないということになっています。

永住権を取ってしまえば出国税を払わなければならないが、就労資格等のままであれば出国税を払わなくてもよいということになると、永住権から就労ビザへ変更したいという希望も出てくるのは当然です。

安倍総理は昨年「日本は世界最速で永住権が取れる国になる」と世界向けて大々的に宣言しておられました。

ですがこれでは…


英語よりも国際感覚

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ビザの業務を行っていると、嫌でも英語に触れますので、
ビザの手続きを行う=英語が必要
と思われていることがあります。

もちろん、英語が喋れればビザの仕事にとってプラスなのは間違いないのですが、
ビザの仕事をすればするほど最も重要なのは「国際感覚」ではないかと感じています。

私たちのお客様は、欧米の方もいればアジアの方もおり、キリスト教の方もいればイスラム教の方もいます。
国の制度も国ごとに異なり、物事の価値観も多種多様です。

そういったお客様たちと良い関係を築き、お仕事をサポートさせていただくには、
相手の価値観やバックグラウンド、相手の国の文化や国民性などを理解したうえで私たちの業務を行ったり、説明をしなくてはなりません。
もし、「ここは日本だから日本流にやってください」と言ってしまったり感じさせてしまったら、
信頼関係は築けないと思います。

言語も大切ですが、そうした国際感覚も大切にしてお仕事をしていきたいものです。