ビザ申請の専門家になったきっかけ2

六本木にはたくさんのアフリカ系外国人の方がいらっしゃいます。

セネガルの方から厚い信頼を得た私の情報はとうとう六本木で働く方へも伝わったようで・・・。

なぜ「とうとう」といっているかといいますと、当時の私の六本木のイメージは「ザ・怖い街」というイメージで、薬のイメージや危険なことばかりある街だと思っていました。(今もあまり変わりませんが・・・)

ですが、お話しをいただくので、お酒も飲めないのに一人ふらふらと夜の六本木を歩き回ることになるのです。

そして、これも忘れられないある年の6月、「ブラジル人の彼氏が捕まったので何とかしてほしい」と電話がありました。しかも夜10時ごろ・・・。

その方は不法滞在、いわゆるオーバーステイ状態だったとき、職務質問で挙動不審だったことから質問攻めにされ、不法滞在が発覚、警察へ連行されたといういきさつです。

警察から当時交際していた女性へ連絡があり、本人のパスポートを持ってきてほしいとのことでした。

泣きじゃくる彼女が放っておけず、夜中12時近くに六本木にある麻布警察署に一緒にいき、警察の方からも話を聞きました。

取り調べの結果、不法滞在以外の犯罪はないとのことで、翌日には入国管理局へ移送されました。そこから毎日のように彼女は彼に会いに面会にいっていました。

不法滞在の方は基本、そのまま強制退去、自分の国へ帰りなさいという結果となるのですが、ある一定の場合、「在留特別許可」という特別なビザをもらえる場合があります。

しかし、その条件は明確になっておらず、簡単なものではありません。

とはいっても彼女としては諦められません。

私は彼女から「在留特別許可を取ってください」という依頼を受けることになりました。

・・・蓋を開けてみればここには書ききれないほどの問題がありました。

大きな問題としては依頼人の彼女と彼は結婚したのですが、重婚となっていることが判明したのです。

外国人同士であるが故に役所へ届け出るときに重婚は確認できません。

在留特別許可の最も大きな要素といえる結婚が成立していない・・・。

原因を調査した結果、前妻との裁判離婚は成立しているものの、その届を役所へ出していないことが判明しました。

やるべきことはひとつ、裁判離婚の証明書類を役所へ提出すること。

しかし、当事者である本人は入管に収容されている。

ならば前妻となんとか連絡を取り、協力してもらうしかない・・・

・・・なんとか前妻と連絡が取れたものの、居住地は愛知県豊田市!・・・などとためらっている時間もなく、私は新幹線で愛知県まで行きました。可能性のあることはすべてやりたかったのです。

その後も何とか協力を得られ、無事に離婚も成立し、その後も様々な壁を乗り越え、彼は「在留特別許可(定住者)」をもらうことができました。

在留特別許可が出た場合、本人から突然連絡があります。

「今、入管から出た」と。

彼女からその報告を聞いた私は本当に飛び上がって喜んだなぁ・・・。

彼が解放された日は真夏の金曜日でした。

彼女に迎えに来てもらった後は友人みんなでお祝いパーティー。

私も一言おめでとうと言いたくて夜の六本木へ行きました。

上半身裸で酔っ払った彼は「マリさん本当にありがとう!でも私は心配してなかったよ!あなた頑張ってたからね!」と言ってもらい、涙目になりました。

ちなみに、東京入管に収容されると6人くらいの相部屋で生活することになり、石鹸やシャンプーなどは自分で購入しなければなりません。

彼は、自分がビザをもらって解放されると知った後、自分の使っていた石鹸などをルームメイトにあげたかったようなのですが、当然警備の方に断られたようで・・・

「ダメだっていわれたよ!彼らはアイスの心だね!」

と謎の迷言を残して酔いつぶれました。

誰もが「あいつはビザをもらえるはずがない」と諦めていたところに奇跡のようなことが起きたわけで、この一件以来、六本木では「マリさんならビザが取れる!あいつがビザもらったんだから!俺らの為に愛知までいっちゃうんだよ!」ということになってしまいました。

生き証人の彼は今も私のお客様で、よき友人でもあります。

これ以来、私は毎日ビザの事だけを考え、日本にいながらまともに日本人と話すことなく、事務所の椅子で気絶するように寝て朝方着替えにだけ自宅へ戻るという生活を数年間続けることになります。

こうして振り返ると、ビザの専門になったのはこの2件がとても大きかったですね。

こうして私はビザの専門家と名乗れるくらいこの仕事に没頭しました。

専門分野というのは自ら「これだ!」と看板を掲げていくこともあるかと思いますが、仕事をしているうちにお客様から指示されてその分野が専門になっていくのではないかとも思います。

最初のきっかけである「母のような・・・」というのは直面した問題が相続だっただけで、掘り下げてみれば、困った時に支えになれることがしたかったということ。

当初の思いは達成されているようです。

今では外国人の方だけでなく、企業の管理部の方からもご依頼がいただけるようになり、振り返るといろいろありましたが、求められて今があるという大変感謝しかない状況です。ありがたいです。

この仕事をとても大切に思っておりますし、だからこそ、「紙をそろえて出すだけ」というイメージを払拭したいとも思います。そうやって人の人生をダメにしてきた人たちの事も知ってしまいましたので。

一人の人生を左右する大切な手続きであり、私ができることでその人の夢が叶ったり、喜んでいただける。

少しでも私の力が役に立つならば、それが私のお役目なのかなと思っています。

(Websiteに掲載しているお客様のケースはすべて許可を得ております)

           

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